1984年と言っても、ジョージ・オーウェルの小説と国民背番号の関連についての論考ではありません。ただ、我が横浜市は中田君の拒否を県が拒否したので、個人に選択があるのかないのか宙ぶらりんになっています。しかし明治以来地方自治体が国にこれだけノーといった事例はかつて無かったように思います。
さてさて本題は、プラモデル in 1984 のことなんです。2002年9月初頭、掲示板で未確認歩行物体さんが土筆レジンのマテリアルに関して言及された折り、私自身はみなさんほどツクシンボに親近感が無いなあと思い、MAのバックナンバーを少しぱらぱらしてみました。そうしたら広告やらなにやら一瞬タイムスリップしてしまった次第(^_^)まずどんじさんが言及した「土筆のタンク」ですが、どうもピンと来ないと思っていましたところ、本人が画像を投降してくださったので、やっとその暗号が分りました!あれ三ツ星商会のディストリビュートだったのですね。
※上記写真は、どんじさん所有の1/72土筆=三ツ星タンク152キットのパッケージ。掲示板より転載
このキットは私も持っていました。結局つくらずに、引っ越しの際、まだシャチョーが一人で365日、店に立っていた頃の、レレレのレオナルドに売ってしまいました(^_^;)なお、画像の左後方に見えるサフ吹き終わったドーラは一部で名高い「青の洞門」座布団ドーラ(命名がらんどう)と思われる。「青の洞門」とは、菊池寛の小説「恩讐の彼方に」で全国的に知られた名高い名所旧跡のことで、山国川に面してそそり立つ競秀峰の裾にある洞門。今から250年ほど前、諸国遍歴の旅の途中この地を訪れた禅海和尚は、鎖渡しと呼ばれる難所で命を落とす人馬を見て、村人のために安全な道をつくることを決意。
こうしてノミと槌だけで掘り抜いた隧道の長さは、約342メートル。30年もの永い歳月をかけて完成。現在の洞門は、当時からはかなり変化しているものの一部に明かり取り窓や、ノミの跡が残っており、禅海和尚の不屈の精神が偲ばれる。
※上記:土筆=三ツ星レジン完成の図。どんじさん作。「10年以上前にこさえた同キット。レジンが白で、脚収納庫に穴さえ開いてない後期ロットから必死こいて作ったっけねぇ...。」(ご本人談)
テンペストさんの書き込みで、土筆の広告掲載は1984年と言われ、あらためて本棚を見ましたら、1984年のモデルアートは8月号(かの石塚エヴァルト・メッサー掲載号、小坂バルクホルンもね)しか無いのです。
なんでかなあと思い出してみれば、就職して2年目、まだ金は無いし毎晩11時・12時まで仕事だし、いっちゃん模型製作から遠かった時期だったんですね。だもんで、自衛隊、ジェット、ヘリなどの特集は全部シカトして、1月の陸軍機とこの8月しか買わなかったみたいです(;_;) 「黄金の80年代」などと言っておきながら、当時の編集長Y氏に申し訳ないです。
それともう一方、モデラー現役の長さ云々もさることながら、今更思うのは皆さんこの頃から濃かったんですね(^_^) 私は実製作もままならなかったですし、大手問屋の扱わないような輸入物や倉庫キットなど、全く手もでませんでした。ただ前にY氏がおっしゃっていたのですが「スケールもの、特にWW2レシプロ機の真冬の時代で、新キットが全くない、これほど模型誌の編集者泣かせの時代は無く、しかたなく?エアやレベルのキットを手練れの方々に徹底工作してもらったり、レジンやバキューム、フルスクラッチビルドといった何度の高い作例を掲載せざるを得なかったのです」とうのが実状だったそうです。ガレキの第1次ブームだったのでしょうか。
21世紀の今のほうが1984年当時の数倍レシプロ機のキットが発売されているんですよ、なんだか不思議です。確かにそうすると、極論すれば模型雑誌って記事はニューキットレビューだけでいいし、もちろん広告主の中で恐らく最も広告料をたくさん払ってくれるプラモ・メーカーにとってのメディア(媒体)の役割を果たすことにもなるのですから、それが真っ当な模型雑誌の在り方なのかもせませんし、聞けば最近の発行部数のほうが当時より多いそうです。しかし、どうもね、超絶作例を見るにつけ、山は高いほうが美しい、私にはそう思えてしまうのよね。
さてさて1984年の誌面に戻ると、模型屋さんの名前がずいぶん違いますね。逗子の航研堂さんなんて、かば◎さんの近所ですが1,2年前にお店を畳んでしまっったように、店主高齢で引退の時期なんでしょうね。また三晃産業の広告には、ウォルドロンの計器盤各種は別として、ニューホープメタルフィギュア、1/48独夜間戦闘機隊、1/72スペイン内乱、ウィングス1/48Bv155など、私の全く知らない世界が広がっていました。
※七草:セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベ・スズナ・スズシロ・ホトケノザは初の七草。これは何となく暗記してますが、秋の七草は思い出せない。広辞苑によりますと、 オギ・オバナ・クズ・ナデシコ・オミナエシ・フジ・アサガオ(キキョウ)、だそうです。土筆の親はスギナです。
2002.09.某日