厚木が熱かった頃-302空 小園大佐外伝

小園大佐ってえお方は、海軍という組織の中では異色の人だったんですねえ。余りご存知ない方は渡辺洋二氏の、サンケイ第二次大戦ブックス「雷電」〜朝日ソノラマ文庫「雷電」、同「首都防衛三○二空(上)(下)」、文春文庫「重い飛行機雲」、航空ファン・イラストレイティッド「写真史302空」、徳間書店「本土防空戦 海軍航空隊編」でもお読みくださいませ。ここではそういう真面目な戦史はとりあえず横に置いておきます。参考:302空の雷電(斜め銃装備を中止した機体)

斜銃の親分は、斜めの音楽でも偉かった!?

恐らく昭和20年春頃、厚木基地内で毎朝新聞の長寿コラム「徹固の部屋」の取材時に談笑する小園大佐と思われる。珍しく平服である。決して広島大学水産学部の出身でミジンコ研究家にして、タモリと並ぶハナモゲラ語の発明者であるジャズマンではない。

戦後、病床にあったはずの小園大佐であるが、一説によればジャズ方面に関係を持っていたそうである。「これからはシュレーゲ・ムジークだよ、君」と言って、サックスをこよなく愛したとも言われるが、真偽の程は定かではない。

※なお、この文章は実在するいかなる人物・団体とも無関係なフィクションであることをお断りさせていただきます。