近頃(ハセガワの1/32グスタフ発売以降)、スケール模型雑誌のライターの<ドイツ機作例に限っての>枕詞常套句に「考証に捕らわれて完成しないのは不幸だよ」「筆者はドイツ機の門外漢なので考証的に誤っていても責任は持てない」といった、ライターとしてはいささかずるい発言が耳につくことが多くなったように思え、少々寂しい気持ちになってしました(まあかつて花形、いま特別の存在でもなんでもないドイツ機がまた模型雑誌に出てくること自体は嬉しいんですが)。プラモデルのプロとアマの区別は多分存在しないか、極めて曖昧でしょうけれど、少なくとも模型専門誌の記事を書いたということは、お金を貰ってお仕事した訳なので、読者への責任は生じてきます。責任とは、メーカーがキットという「半製品」状態で開発した商品の寸評、すなわち対象となった実物の再現性、セットした塗装例の検証(以上が狭義の考証)、次にキットの精度や組立易さのようなハード面、そしていかにそのキットを作るのが楽しいかといった総体的な製品全般の評価です。その意味で、個人が趣味で制作したプラモデルや、うちみたいな個人サイトとは、その立脚点が全く異なります。ですから責任を全うしていないことになると思うんです。
上記の発言について敷衍すると、全く実機のことを無視して、プラスチックの塊である完成品だけで完結してしまう脳筋肉モデリングの域のみ肯定するのは、一般的には、ただ純粋に作るだけで幸せだった自分たちが中学生だった頃の話だと思います。そういうのももちろん楽しいし、私なんざ横紙破りのフェイクまでやってんですが、スケールモデルである以上、本物のミニチュアな訳で、そもそもメーカーさんも本物に似せるべく最大限の努力をして製品化している訳ですから、それを逸脱するのは意識的でない限り、本筋では無いです。どこで考証を切り上げるか、が問題なのであって、放棄してしまってはいけない。ここらへんは、かば◎さんの「河馬之巣」の開設当初の記事(1999/4/11とか)を参照してください。ワタクシなどより100倍ロジカルに説明してあります。
もちろんこれはスケール・プラモデルに限定した話であり、SFやファンタジーの世界では話はまた別。スケールモデルでも相手が工業製品でない鳥とか、恐竜とかですとアプローチの方法も違っては来ますね。しかし、ドイツ機の考証については、欧米でも日々新事実が発掘され、また我が国にはフォッケとメッサーの世界的権威阿部孝一郎氏、ドイツ機のメカニカルなアプローチでは、これまた世界的な国江隆夫氏もおられ、第二次大戦の航空機の中では最も考証が進んでいるのではないでしょうか。カラー写真がいっぱいあって、メーカー・オリジナル図面が全部保存されているはずのアメリカ、イギリス機より、飢餓感が高いせいか、あるいは飛行機自体の魅力のせいか、研究は一番ドイツ機が深いような気がします。日本機、イタリア機は敗戦国なので、いまだに想像の域を出ないし、情報の共有が疎外されるメンタリティーのため、ここまでの深さと拡がりには欠けているようですね。
しかし、これらの研究成果を逐一追っていくのはやはりディープなファンでないと難しいこともまた事実です。十数年前ですと、野原茂氏が「もと編集者で、研究者兼イラストレイター兼ライター兼図面屋」という八面六臂立場から、各誌に記事を書いていて大変分かりやすかったのですが(編集者も実に楽だったでしょうね)、最近はそういう器用なライターもいない上、ご本人が古い考証や間違った図面をアップデートなさらないので、読者が積極的に、写真は写真、実機考証は考証、図面は図面、塗装は塗装、プラモキットはプラモキット、アフターマーケットパーツはアフターマーケットパーツ、と個々の情報を収集しなければなりません。そしてそれをインテグレート(統合)するのには、かなりの博識さを必要とすると思います。という訳で、新製品レビューなどを割り当てられたライターさんが、ルフトヴァッフェを専門分野にされていない場合の大変さは良く分かりますし、ご苦労様といいたい程ででは有ります。もし自分が書けと言われたら、と考えるとけっこう憂鬱になるでしょうねえ。特にフォッケの末期形態・爬虫類的発展系の液冷ドーラについては、私自身、並み居るドイツ機強豪の方々の知識水準には全くついていけず、非独ファンと何ら変わらぬ案配なのです(^_^;) 新発見の写真とか、何のことか分からずおたおたしている始末。
しかしながら、素直に「ここまで考えました」と言わずに、話をそらして「完成させるためには、考証は阻害要因」といったニュアンスで逃げを打ってしまわれると、おいおい、それじゃ本末転倒でしょう、と思ってしまう、というだけのことですけど。最初に書いたように単にキットを素組して感想文を書くのでは、雑誌作例の要件を満たしていないからです。上記で書いたように研究がいろいろ進んできた一方、ドイツ機が特に好きではない方々には、昨今のドイツ機の知識レベルのハードルが高いように映ってしまうのでしょうか。日本機マニアには、独機の情報開示の状況がうらやましいでしょうし、英米機ファンには、あれもこれもとアプローチするのが大変と映るのかも知れません。また、ヒストリアンなどの方に対し、一種の選民思想の匂いを感じ取ってしまう方もいらっしゃるでしょう。
一方、模型誌のキットレビューは最近とみに歯切れが悪く、そのキットのどこが優れているのか、どこが誤っているのか、さっぱり分かりません。こんどは甘えたことを言いますが、門外漢であればあるほど、レビューに頼る割合は高いのです。それが生煮えではどうにもこうにも。模型メーカーの新製品に関しミスの指摘や否定的意見を発表すると、広告出稿について影響が出るのか、読者には分かりません。もちろんお分かりの通り、雑誌というものは、広告料が収入の源泉であり、基本的には広告主の意向に逆らう事は許されません。販売代収入と広告収入の比率は分かりませんが、販売収入をもたらす読者はサイレント・マジョリティであり、広告収入をもたらす模型メーカー・模型店は物言う少数者であります。テレビや一般の雑誌も同じです。ただし、マスコミと違い、プラモデル専門誌の場合非常に狭い世界ですから、ここらへんはあうんの呼吸やら慣習が大きく作用しているのでしょう。
かつては、航空ファンで為則氏が、キットの美点を最大限の賛辞で彩った後、的確にまた読者のレベルによって選択できるように、修正ポイントを書いておられました。メーカーはこう考えてせ製品化した、筆者はこれこれこう考える、で、読者諸兄はそのうち好き嫌いとスキルと時間的制約とで、どれを選択しても結構。でもできたら、ここだけこだわると、マスプロじゃなくなるよ(ニコッ)という、書き方でしたね。こういうのは人品骨柄が反映するので、誰しもが書けることではないし、また、うがった見方をすれば、航空ファンという総合航空専門誌ではバイアスのかかり方も少なかったのかもしれません。いじれのせよ、そういうすかっとしたレビューがここしばらく極めて少ないように思います。
私も詳しくい分野(まあ大戦独日以外は全部暗いですね、、、笑)のプラモデルを作ろうと思ったら、はなから専門用語で攻められたら辟易してしまうでしょうが、でも待って下さいよ、肝になるポイント(美点であれ、欠点で有れ)をぼやかされたままのキットレビューを読んでも、門外漢には余計役に立たないのです。個人の趣味のサイトであれば、メーカーへの遠慮も無いし、ライター間の綱引きも関係ないし、一番適したメディアだと思うのですが、私を含め、悲しいかな、趣味の範囲のアマチュアではそのスキル&ノウハウが決定的に不足しちゃってます。ハイパースケール、モデリングマッドネスといった模型サイト、J-Aircraft.Com,109Lairやブーキー君のフォッケサイトなどなど、海外ではこういう「真実を知りたい」系サイトが多いのですが、彼らの多くもアマチュアですが、そのはまり具合は非常に濃く、これは何故かと問えば、欧米系、特にアングロサクソンの粘着力とか精神的なパワーの違いでしょうかね。
さらに、これらの考察は当然ながら、私自身の発展度合いを基軸にしたものであり、実際に丁寧な記事を昔から書かれているようなモデラー・ライター諸氏や、つい最近出戻ったモデラーさん、スケールモデルでもクルマやバイクの世界などの方々とでは、共通のスタンスでの話にはなり得ず、まったくちんぷんかんぷんで有ったり、あるいは否定的な感想を持たれることがあるかもしれません。もともと地平線が異なる場合、こうう文章を読んでも役に立ちませんので悪しからず。
(2002年9月機、2003年1月、タミヤのFw190D-9記事よりページを独立、9月改定)