
公開前から(一部で)評判だった「ダーク・ブルー(・ワールド)」を、どんじさん、(二度目の観覧になる)かさぱのすさん、ちぱさんご夫妻と一緒に2002年の秋、銀座シネパトスで観てきました。
とてもしっとりした、味わい深い丁寧なつくりの、心に沁みいるような映画でした。最近映画と言えば、こどもと一緒に観るハリウッド製ばかりなので、こういう美しい映画は久しぶりでした。
さてここで、偏見に満ちた(^_^;)断言をしてしまいます。この映画、スピットやケッテンクラートが出て来ますが、断じて戦争映画ではなかったです。飛行機だけが観たい、「空軍大戦略2002」が観たい、というだけの飛行機マニアのかたには、多分肩すかしでしょうし、またそういう人に、理解できないまま変に半端に知って欲しくもないです。
シチュエーションとしては、BBC製作のテレビドラマ「Piece of Cake」(邦題「フライトジャケット」)に似ていますが、あちらはきちっと戦争を描いた(戦時のパイロットとはどういうものか、戦時の恋愛とはどういうものか、などなど)作品ですので、「ダーク・ブルー(・ワールド)」と比較するのは、そもそもナンセンスでした。ここらへんはアメリカで一足早くご覧になっていた小野あずささんとは私の解釈が異なります。
そうなんです、「ダーク・ブルー(・ワールド)」は、俯瞰的な歴史史観で描いた戦争パノラマじゃなく、あくまで亡命チェコ義勇兵のロバート・デ・ニーロ(嘘です^_^;でも似てる)が、どのように英国で戦い、部下と過ごし、報われぬ恋をし、そして共産国になった祖国に裏切られるか、という私的な歴史なんでした。また、対象から言えば、男と女と犬と飛行機、の映画かな。
対するに「Piece of Cake」も地味は地味ですが、なによりスピットが、ばんばん出てきます(ダンケルク撤退時もハリケーンでなくスピットだし、、、笑)。また、英国人の得意とする俯瞰的な戦争観、普遍的かつ冷静な歴史叙事としての映画であり、その分、貴族階級のパイロット達と、下町の市民であろう整備兵の差別、フランス人女性と英国パイロットの国際結婚のハードルと戦争による悲劇の終末、戦時神経症のパイロット、頑固なジョンブル指揮官と古い古い戦術、エースという美酒と裏に隠れた虚栄心、そして仲間内の裏切り、など、戦争を、とくに戦闘機の戦争を叙事するためのアイテム数では、「ダーク・ブルー・ワールド」よりずっと多く、スピット写真集や図面集からでは絶対読みとれない生きた戦場の感覚が分かり、その分、飛行機マニアには面白いかも知れません。もちろん計6時間というテレビドラマだからこその強みでも有ります。しかし、あくまで「神の視線」から俯瞰的に眺めた叙事詩なので、「Piece of Cake」は、あくまでたんたんと歴史が叙事されていく感じです。個々のエピソードには悲しくやるせないものが多いのですが(新婚の妻をパリ郊外のドイツ機の銃撃で亡くしたりとか)、「ダーク・ブルー(・ワールド)」の、心に直接訴えかけてくる感動とは種類が違います。これが「たまさか戦争が背景で、人間がテーマの映画」と「戦争映画」の違いとも言えますでしょう。どちらがいい悪いではなく、面持ちが違う映画をアナロジカルに扱っては誤解しちゃう、ということです。
「ダーク・ブルー(・ワールド)」は、ただ2時間という映画時間の納めるるための文法として叙事ではなく叙情を取った、とも思いません。やはり、フランタという祖国の歴史に翻弄されたパイロットの個人史なのであって、その個人史の向こうに壮大な故国の歴史が透けて見えれば良いではないか、そういう地平線の上の映画なんだと思います。ヤン・スヴィエラーク監督(脚本は父親のズデニェク・スヴィエラーク)の、「なあ、そうだろ、じっちゃん達?」という声が聞こえてきそうな気がします。
ちなみにここ2、3年前から増えた「プライベート・ライアン」みたいなハリウッド製の「やたらリアルで残酷に兵が死んでいく」映画群は、どっちにも属さないと思います。ただモチーフとして戦争を選んだだけ、でしょう。見終わった後は嫌悪感か、あるいは紙を食べたような無味乾燥さしか残りません。監督しては尊敬するリドリー・スコットの「ブラック・ホーク・ダウン」も不感症映画でした。エンタメとしてのホラー映画って大半がそうだから、多分同じレベルなんだな。
なお、森と牧場が非常に美しかったのは(特に英国製のピース・オブ・ケークに較べて)、撮影がチェコのボヘミア地方だったからのようです。木々の緑が、ものすごく深い色合いでした。飛行場はソ連崩壊前はミグ戦闘機の基地としていた、と中村浩美氏が、パンフに書いていました。またドーバー海峡の、英国側:白亜の崖(チョーク)のシーンは南アフリカ空軍の協力で南アフリカでロケされたらしいです。そういわれると、白い崖の高さが若干低いような???(^。^) でもこれだけ深い色合いの映像美というのも、最近なかなかお目にかかれないのではないでしょうか?
それから、出資したついでに、邦題を決めた宮崎駿監督、邦題を変な和訳にしないのはいいですが、原題の一部をカットするのは、誤解を招くので良くないと思います。さて、最後に、ピアニストでもあるパイロットのマハティが繰り返し弾く、印象的なテーマ音楽。観たときから思っていたのですが、このテーマの前半分のフレーズは、モダン・ジャズの大御所、セロニアス・モンクの「ブルー・モンク」そっくりに聞こえるのです。私は1940年代のジャズと言えば、これはもう欧州戦線の真っ直中で墜死したグレン・ミラー・オーケストラに代表される明るいビッグ・バンド・ジャズしか無いものと思っていましたので、この時代にこんなモダンなメロディが有るのか?と、いささか驚きました。音楽担当のオンドジェイ・ソウクップは音大出で、ジャズ・ロック・クラシックをみな勉強し、ジャズ・バンドに参加もしていたので、モンクは良く知っていたでしょう。ただし、そうはいってもモンクから直接採譜してきた訳は無いですし、あのメロディがチェコのトラッド・ルーツなのか、はたまた逆にモンクが東欧の音源も勉強していたのか、あるいは単なる私の「空耳アワー」なのか、そこらへんは残念ながら浅学にして不明です。しかし、モンクは1920年生まれで43年にはすでに、ジャズの大革命というべきビ・バップ発祥の地、ミントンズ・プレイハウスの専属ピアニストとして登場していました。ここでケニー・クラークとか、パーカーとかガレスピーといった強者たちが、歴史的なジャム・セッションを繰り広げていた横で、モンクはひたすら己の世界観で、あの独特な、たどたどしいタッチのピアノを弾いていたのです。、距離の問題や時代考証からいっても、パイロットのマハティがモンクを知っていたとは思えませんけれども、オーケストラのための曲を数人のホーン・アンサンブルに編曲していましたから、ビッグ・バンドでないジャズが存在していたこと位は分かっていたのかもしれません。その過程でたまさか戦場にビ・バップの萌芽が見られた、などというたわいもない空想も楽しいものでは無いでしょうか?
●モンクのレコードリストはこちらを参照して下さい。
●また「ブルー・モンク」の楽譜はここを捜せばあるかもしれません。ただピアノが弾ける人なら、あんな簡単なフレーズは聞き取りできるでしょうけど。