
なぜなんでしょうね、二十数年以上前にスケール・エアクラフト・モデリングを始めた頃から、いつのまにかLuftwaffeファンになり、さらにまたフォッケのファンでもあり、それは未だに続いております。
自己分析してもそれが回答になるわけではないし、またフォッケの魅力を語ることにはならないとは思うのですが、まあいましばらく、私の戯れ言につき合って下さい。
まずは航フに連載されていた為則通用氏の「僕のフライング・フィールド」が私のプラモ・バイブルだったので、氏が最も「好きやねん」といっていたフォッケ(いうまでもなく190です、念のため)に興味が湧いたのがきっかけでしょう。そして偏愛するにいたった第一の理由は、クルト・タンクの「軍馬」イデオロギーに基づく、徹底して理性に基づいたデザイン哲学です。ほんとはダイムラー・ベンツの液冷エンジンが使いたかったのでしょうが、空冷のBMWでもくさることなく、その利点を最大限に引き出していった組織工学的アプローチ。また当時でも珍しいパイロット・エンジニアとして、真に使い勝手の良い飛行機を作ろうという思想。タンク技師の設計能力やリーダーとしての資質がフォッケびいきにさせた原因であることは確かです。
さらに、スタイリングからいえば、BMW801の直径ぎりぎりにアレンジしたカウリングと、直線的にしぼられる胴体が組み合わされると、なぜか微妙な曲線の美しさが現れてくる造形の妙。BMW801という、もともと爆撃機用のエンジンを積んでいるにもかかわらず、余計な大きさをかんじさせない、ヨーロッパ的な小型戦闘機ができあがったのも不思議といえば不思議です。堀越さんは雷電のとき、あまりに「俺は爆撃機のエンジンつかわなきゃいかん」という呪縛から逃れられなかったのでしょう。東大出の秀才と、たたきあげのマイスター、結果は対照的ですね。それから、あの脚。長くて内股でしかも前に突っ張っている。構造的にラジカルな脚は色々ありますが、フォルムがここまで際立っている飛行機も珍しいです。何故か非ドイツファン以外の人が作るフォッケは、この特徴に全く気が付かず、真っ直ぐかつやや外股という、零戦みたいな取り付け方が多いです。雑誌作例でも二つや三つではきかないでしょうし、2000年のJMCコンテストではなんと真っ直ぐ脚のタンクが入賞までしていました(泣)。ハイパースケールのような海外のオンラインマガジンにもあります。固定観念というものはいかに恐ろしいかという実例です。タンクはこのアレンジについて、将来自重が増したり、エンジン増強にともなってペラの直径が増大したときに改設計しなくて済むように考えた、と言っていますが、152になっても同じようなレイアウトなので、どうもそれは後付の理屈じゃないでしょうか?脚カバーのかっこよさといい、これはもう趣味の問題なのでは?しかしプラモで再現するのは難しいですね。1/48ではトライマスター(=ドラゴン、ハセガワ、ドイツレベル)が長すぎ、タミヤは逆に短いですので、そのまま付けようとすると、やっぱりどうも決まりません(という反省)。なお、タミヤの脚カバーはどうして?という程似てませんので、レジンパーツかハセドラを流用しましょう。
次にキャノピー、マスタングのような完全フレーム無しのアクリル加工技術はまだフォッケの頃はなかったにもかかわらず、後ろにすうっと絞られていて、それはそれは伸びやかなデザインです。もうこういうのは設計者のセンスとしかいいようがないですね。
主翼の平面型は以外に平凡(構造は上下サンドイッチ式かつフローティング・リブなどかなり変わっていますが)、スピットのような神秘性はありません。水平尾翼も同様。
フォッケははメッサーのサブ、補助機材として生を受けました。そういうなんていうか、主役じゃないのにけっこう頑張ったところが、判官贔屓の対象になりやすいと思います。これがハインケルだと162まで正式採用戦闘機がないので、ちょっと恨み節になっちゃうので鬱陶しい。
さらにその成長の軌跡。メッサーだって変容はすごいですが、フォッケの場合なんといっても空冷から液例へのジャガーチェンジですよ。しかも五式戦の様な泥縄ではなく、B型、C型つくってずっと捲土重来を狙っていたのです。むはー。またそれに際しても、胴体は平面型では全くテーパーの無いプラグを一見無造作に突っ込んじゃうし、立ち尾翼も矩形のパーツ挟み込みで済ましちゃう、その大胆さがすごい。でもね、私液冷のほうはあんまり好きじゃないんです。どうもあの爬虫類的な感じに抵抗が大きかった。末期ドイツの飛行機ってそういうの多いですし、それがまた魅力なんでしょうけど。最近はいい資料、派手な塗装、いいキットがでてきて空冷はもはやアウトオブデイトの感がある位液例ブームになり、自分でもドーラを作ったので大分アレルギーは克服しました。でも根は「自発的空冷ファン?」なのですよ。