「マニュアルと型(かた)」-2
プラモデルを離れますと、私は決してマニュアルを否定するものではありません。年輩の方が若い世代を表して「あいつはマニュアル世代だから想像力が無い。自分から積極的に仕事をしない。」などと良く仰います。これは一面では真理かもしれませんが、裏側ではそういう積極性を引き出せない上司の能力不足の言い訳にしか過ぎません。だってマニュアルはそもそも、ある一定の目的を果たすための手引き書な訳で、それを逸脱して勝手な解釈をされてしまったら、工業製品の品質管理など出来なくなってしまいます。積極性を引き出すのは、明確なミッションの提示と環境づくりな訳で、マニュアルとは本来関係無い話です。私見ですが、マニュアルの概念が無かった世代(団塊以上あたりでしょうか?)が、一子相伝、技は盗め、習うより馴れろ、という暗黙知だけしかない仕事の仕方の体験から、ノウハウの言語化というマニュアルの本質を理解できないまま、遠吠えしてるんじゃないでしょうかね。全てが明解知に成る訳はもとより無いのですが、すくなくとも最低限の基本は共通認識を持っていれば、無駄な時間の短縮化になるし、人間のローテーション、新人教育も初めて可能になります。OJTでしか伝達できない部分は絶対有るわけですが、全てが職人芸ということでは有りません。またマニュアルを作る、あるいはちゃんと機能するようにブラッシュアップすることは、その業務を批判的に評価し、内在する問題点を発見することであり、また他者に伝達する能力を磨くことに繋がります。マニュアル文化否定論は、マニュアルのポジションを謝っているのと、マニュアルの不備から来る問題を、マニュアルの存在にすり替えてしまっている場合が大半なのでは、と思います。まあしかし、これはかつて、中間管理職の私が、古い頭の上司に悩まされてきた故の愚痴にしか過ぎませんけれど(^_^;)
一方で養老孟司さんが主張する、日本人の身体感の中での「型」というものも、新しい意味づけがされて再考の場に上がってきているやに思います。養老センセ曰く、「技とか芸というものは、身体を使う。師匠の型を盗んで、自分の型をつくる。それは理屈ではない。だから言葉で説明しようが無い。やってみて覚えていくしかないのである。それは繰り返して試行錯誤しながら、身体が覚えるのである。」「芸の世界では型を大事にし、それを守らせる。守って守ってついに師の真似が出来なく成ったとき、それが初めて弟子の個性となる。型なくして個性など無い。」結局個性とは脳ではなく身体である。目や耳などの入力系から入った情報を脳でいちいちゆくっり処理することから、繰り返しの連続により、手という出力系への伝達をスムーズにしていくことが、結果として型になるそうです。もっともこいう論理を無視して、新しい教科書を作る会のように、軍事教練的な振る舞いを礼賛するのは偽の骨頂ですけれど。
ここで「型」について、養老さんの意見を少し付記しておきます。もともと言葉としては、武道の「型」を援用していて、「身体の所作」を差していた言葉がその後様々に流用されるようになったとしています。「文武両道」の概念も明治以降、「畳に正座して本を読み、それが済んだら道場で竹刀を振り回す(養老孟司の逆さメガネより)」と解釈されてしまっているが、もともとは知行合一のことであり、「文」という情報の入力と「武」という情報の出力(人間の出力系は、言葉でも手足でも筋肉しかない)がひとつのサイクルになっていることが望ましい、ということのはずだったそうです。そして、出力された動きが再度入力され固定され所作になっていく。江戸時代の日本人は歩くとき、手と足が同時に出ていたそうです。これは武士が刀を使うためだったらしいのですが、そうすると肩がいかつく張った動きになり、着物や裃をまとうとピシっとするが、反面早く走ることはできなかったらしい。でもそれがかつての日本人の立ち居振る舞いの美しさであり、茶を点てるときの背筋のピンとした所作の原点でもあったそうです。
最近脳のモデルとしてとりあげられているのは「ニューラル・ネット」というもので、大雑把に言えば「出力の結果によって次の出力を変えていくプログラム」「自ら間違いを訂正して学習をしていくプログラム」(養老孟司 バカの壁)だそうです。なんだ赤ん坊が言葉や動きを覚えていくことと同じですね。ここらへんは養老さんの近著(上記二書のほか、ガクモンの壁をふくめた三冊は、大体同じ事を薄めて解説してありますので、どれか一冊読めば同じことと思います。一般読者がとっつきやすいように=出版社としてはベストセラーを可能にして同じネタで儲けるための戦術にまんまと乗るのも一興ですが、、、笑)。2003年10月5日(10月13日追補)