さよならM-CATS

または「ギラー少佐の赤いムスタング」


 前号に拙作掲載のご縁があったためか、編集部よりM-CATS 011号を送っていただきました。ぱらぱらとページをめくっていますと、奥付に休刊のお知らせが載っていました。過去にも何度か噂が有りましので、ついにこの時が来たか、と驚きよりも寂しさが先に立ってしまいました。とはいえ事実は事実、H編集長、いままで本当にお疲れさまでした。この先の展望は分かりませんが、これからもまた頑張って下さい。

 M-CATSは3年前に創刊され、それまでの情報誌、工作指南誌、考証ガイド誌的な性格の模型誌とは一線を画し、模型の楽しみって何だろう?という原点を、ビジュアル重視かつ(良い意味でも悪い意味でも)アマチュア的な目線で、ずっと悪戦苦闘しながら追求してきた雑誌だったのだと思います。当然、定型フォーマットを確立した後は、決まった枠の中に新しいコンテンツの注入により編集していく月刊誌のようには行かず、毎号毎号迷走しつつ、結局最終号までフォーカスが合うことなく終焉を迎えたのだとも思います。しかし、これは創刊号からの指向性の当然の帰結であって、単に「モデルアートさん、またぞろ『オートモデリング』の二の舞だね」と冷笑すること無く、逆にこういう視線の外し方で「よくぞ11冊も雑誌をこさえることができたのだ」ということを素直に誉めたいと思います。

 とはいえ、これほど性格付け、ポジショニングの難しかった模型雑誌も無かったでしょうね。毀誉褒貶もまた、読者それぞれにより振幅の幅が大きかったでしょう。私個人は、編集長の出自(かつて所ジョージさん責任編集のホビー誌「LIGHTNING」のプラモのページをご担当など)からも、あるいは創刊前のお話も含めて、当初はかつて存在したソニー・マガジンズ刊の航空誌「AG(Aero Graphics)」や、その後継とも言える、ネコ・パブリッシング刊の「Schneider」誌の模型版かなあ、と思っておりました。その場合、前記の各誌が実機の持つ圧倒的な存在感、精密感など膨大な情報量をグラフィカルに処理することを根底に編集出来ることに比べ、模型雑誌では毎号毎号ミュージアム・モデル張りの物凄い作り込みのスクラッチ・ビルドばかり発掘出来ない無いだろうから、アマチュアの作ったプラモデルでは最初から大きなハンデを背負うことになるのでは無いか、と危惧していました。しかし一方、可動だ・透明だ・銀だ・情景だ・何だっ!ていう模型ならではの切り口や、それまで前面に出たことが無かった「顔の見えるモデラー」の登用(顔写真だってAFV誌とは違い、飛行機模型誌ではこんなにたくさん出ることって無かったと思います)や作者の肉声を語るスペース(既存の模型誌における「先生ライターか、下請け制作屋のどっちか」とは違う登場の仕方)など、かなり革新的なアプローチがなされていたのだなあ、と今になれば己の浅学を反省することしきりです。また少ないスポンサー(雑誌というのはビジネス構造上で極論すれば、スポンサーの広告媒体として存在し、通常ほとんどが広告収入で制作される)のキープとそのための新製品紹介と、懐古的な旧作ベースの本論とのバランスなどと言った、最近の模型雑誌がとっくにに捨て去ったしまった問題の解決など難しい課題もこなしてきたと思います。ハセガワの一連の郷愁広告など、意図と成果は別にしても、編集方針に共鳴したからこそのクリエイティブであり、スポンサーと編集部のこういった素朴なコラボレーションなんて、編集タイアップばかりでビジネスライクな他の一般誌の世界ではもはや見いだすことが不可能でしょう。結局、これらの方法論が熟成することは適わなかったとは思いますが、振り返れば色々な試みやアプローチがたくさん有ったんですね。

 

 個人的な関わりとしては、H編集長とはJMCなど折に触れて立ち話をする程度のお付き合いでしたが、フェイク・エアクラフトの一部を前号010号に掲載してもらえる事になり(実は創刊号で下請け作業員として、ハセガワ1/32F-86のエンジンのみ担当していたりしますが)、この雑誌とぎりぎり関わることが出来、今さらながら自分が「遅れてきたモデラー」なんだなあ、と感慨が深いものがあります。同時に、H編集長と私は同年の生まれなんですが、かたやリンドバーグやホーク、テスターへの郷愁を深くお持ちなのに、こちとらレベルのナナニイ100円シリーズが原点なのも、遅れていた証拠かな(笑)


"Imaginaly Giller's red Mustang and real captive red Focke-Wulf190"

 考えてみると結局最終号のメインである、さとみ氏制作の「ギラー少佐の『赤い』ムスタング」、これがH編集長のやりたかったことを全て表しているのでは無いでしょうか。「赤いムスタング」とは、ご存じかどうか、レベルの1/72シリーズの大間違いパッケージ・アートの再現です。今ではオリーブ・ドラブであると衆知の事になっているけれど、「子供時代の思い出を、色物と言われようが、大の大人が今さらながら作ってみる」、こういう遊び心とちょっとした反抗心。こういう色物(まさに赤い色)を雑誌誌面で表現したかった、それが原点だったのでしょう。
 さらに、もう一つ、最終号の表紙のこの赤いムスタング、模型雑誌の表紙としては抜群に美しい大傑作だと思います。これだけでもこの雑誌が存在した価値があったというべきですね。赤い表紙といえば、これもまた今は無き「レプリカ誌」の88年9月号(阿部さんの32フォッケA-8図面掲載号なんですね)の下田信夫画伯描くところのチャック・イェーガーの赤い「グラマラス・グレニス」ベルX-1とムスタングの「グラマラス・グレン」と共に長く私の記憶に残る事でしょう。最後にH編集長、そして(お会いしたことはないが)美しい写真を撮り続けてきたカメラマンの奈良岡さん、本当にお疲れさまでした。ありがとうございました。(2003年7月20日 記)