
2001年春頃の記述
二式単戦、大好きです。隼はそんなに好みのタイプじゃないのに、鍾馗はいいですねえ。設計がラジカルですよ。当時としては大馬力の爆撃機用のエンジンで、小さな胴体、高翼面荷重のこれまた小さな翼を強引にひっぱってしまおうという大変分かりやすい発想です。そう、考え方はフォッケに共通してる。というかフォッケより先かな?元中島の設計者だった(主務じゃないですけど)糸川秀夫博士も「隼の仕事はつまらないので嫌で嫌でしょうがなかったけど、鍾馗は楽しかった。」とさるビデオのインタビューでおっしゃっていました。が、しかし、ラジカルつうても使わなきゃ何もならない。局戦といいながら外地では結局メインにならず、本土防空の時点では、鍾馗様の剣ももはや1万メートルの高みに届くにはいささかサビついてしまいました(ここらへんは、為則通洋氏フラフィーのパクリ)。鍾馗といえば、本土防空マニアで関東在住の私としては47戦隊を外す訳にはいきません!キットが出てすぐ作りました。最初のキットのデカールは確か70戦隊だったので、山鹿流陣太鼓のマークと戦隊マークは手描きです。このあと40ミリ砲タイプのお供え餅バージョンやエアロマスターのデカールが出ました。銀は難しいですね。今でもまだまだ下手ですねえ。
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今度作るなら、常陸教導飛行隊の広瀬中佐の電光か、大正飛行場の246戦隊、赤いカウルフラップがいいですね。キットについては細部が結構ダメだという声もありますが、発売された時は嬉しくて、ホビーショップはせがわのオータキ用レジンカウリングをごみばこに捨てたんですけどねえ。あ、そうそうそれで不要になったオータキの鍾馗がこどものおもちゃになったんだ。この話はむすこのおもちゃ箱にて。